インプラントの歴史/どのようにしてインプラントは生まれたのか?

「歯が無いことが、いつの時代も悩みの種。」

歯が無いことに不便を感じるのは、今の時代だけではなく、昔の人も同じだったようです。

 

現代では、歯を失ったらインプラント、ブリッジ(被せ物)、入れ歯といった治療の選択肢があります。

 

では、人が狩りをして生きている時代で、人が歯を失ったらどうしていたのでしょうか?

実は、インプラントをしていたのです。

正確に言うと、インプラントに近い物を入れていたになります。

 

今では、当たり前のように、世間に浸透しているインプラント。

ここまで一般的になるまでは、決して簡単ではありませんでした。

先人たちの知恵や努力の積み上げのおかげです。

そんな、先人たちが作ったインプラントの歴史を一緒に見ていきましょう。

目次

1 インプラントは大昔からあった

その時代によって、インプラントとして使われている材料が違います。

どんな物を歯の変わりにしていたのかを時代と一緒に紹介していきます。

 

1-1:石、骨、宝石を使ったインプラント

紀元前の頃のペルーでは、エメラルドや水晶などの宝石が歯の代わりに、顎の骨の中に埋められている人骨が発見されています。

さらに、中国では、動物の骨、象牙や石が歯の代わりとして使われていた人骨が発見されています。

1-2:鉄を使ったインプラント

紀元前2~3世紀頃は、古代ローマ人の骨や顎に鉄製のインプラントが埋め込まれているのが見つかっています。

また、この鉄を使ってのインプラント治療が盛んに行われていたと文献に残されていることが判明しました。

1-3:貝殻を使ったインプラント

噛む機能を発揮していたと考えられる最古のインプラントとしては、紀元前7世紀頃のマヤ族の20代女性の人骨だと記録に残っています。

女性の下顎の前歯に、2枚重ねた貝殻のインプラントが埋め込まれていました。

 

発見された当初は、死んだ後の儀式で埋め込まれた物と思われていましたが、レントゲン写真を撮影したところ、普通なら歯が無い所の骨は吸収されているのにもかかわらず、貝殻の周りの骨は吸収するどころか、しっかりと治っていました。

 

また、貝殻の周りの歯石が付いていたことから、貝殻が生きている時に埋め込まれて、噛む役割を果たしていた証拠にもなっています。

2 インプラントの父「ブローネマルク博士」

インプラントの歴史を語る時に欠かせない人物が、ブローネマルク博士です。

ブローネマルク博士は、スウェーデンの医学者であり、義眼や義足(医療器具として体の表面に取り付ける物)の研究者でもあります。

 

医学者で研究者のブローネマルク博士が、なぜ歯科インプラントの父と呼ばれるようになったのかを、博士の歴史と共に紹介していきます。

2-1:トラブルから全てが始まった

ブローネマルク博士は、スウェーデンの大学である実験をしていました。

それは、ウサギのスネの骨にチタン(金属)製の生体顕微鏡を付けて、観察するという実験です。

 

実験が終わって、チタンの顕微鏡を外そうとしても骨とチタンがくっついて全く外れませんでした。

 

このトラブルのおかげで、インプラント治療で重要な、オッセオインテグレーション(骨とチタンがしっかりとくっつくこと)を発見することができたのです。

2-2:初めて人にインプラントをした結果

結論から言うと、インプラントは大成功と言って良いでしょう。

 

1965年に世界初の純チタンのインプラント手術を、生まれつき歯が無いことに悩むヨスタ・ラーソン34歳男性に行いました。

 

彼は、上下の顎にインプラント治療をして、亡くなるまでの41年間は問題なく使い続けることができたのです。

2-3:運命を変えた1982年のトロント会議

チタンが身体への拒否反応がほとんど無く、強く骨と結びつく性質が画期的な発見でも、ブローネマルク博士が歯科医師でないことから、他の歯科医師から多くの批判があり、長い間チタンを使った治療法が、広まることはありませんでした。

 

しかし、1982年に開催されたトロント会議で、ブローネマルク博士が15年分の症例実績を発表してからは、世界中で使われるようになりました。

2-4:ブローネマルクインプラントシステムの確立

インプラント治療で欠かせないことが、骨とインプラントの結合です。

この結合のことを、オッセオインテグレーションと言います。

 

ブローネマルク博士は、骨とインプラントがしっかりと結合することを、オッセオ=骨、インテグレーション=統合や一体を表す2つの言葉から名付けました。

 

ブローネマルク博士は、医学者でありながら、なぜ歯科治療で臨床を行ったのでしょうか?

 

人体の腕や足の治療では、オッセオインテグレーションが明確に確認できないこともあり、体内と体外の両方の側面を持つ口の中だと、観察しやすいことから歯科に応用したと言われています。

 

現在のインプラントの基盤になったオッセオインテグレーションが使われているシステムがブローネマルクインプラントシステムです。

 

昔から現在までのインプラント治療を確立したブローネマルク博士が、インプラントの父と言われるのは、当然のことなのです。

3 日本でのインプラントの歴史

日本でチタン製のインプラント治療が行われたのが、1983年になります。

この頃のインプラント治療と言えば、人工サファイアが使われていました。

 

人工サファイアは、骨の中に埋めても骨とくっつかないので、くっつくようにサファイアを骨に固定する必要がありました。そのため、固定した部分が折れたり、破損したりする問題が発生して、インプラントのイメージが悪く定着する原因にもなっていたのです。

 

しかし、チタン製のインプラントを使うことで、問題が減ることで、インプラントが良いイメージだと認識されはじめました。

 

現在の日本では、歯を失った時の1つの手段として、当たり前のようにインプラントがあるくらい定着している治療法です。

4 進化し続けるインプラント

インプラント治療は、ブローネマルク博士が発見したオッセオインテグレーションによって大きく変わりました。

 

それまでは、他の金属(金やコバルトクロム)などがインプラント治療に使われていましたが、ブローネマルク博士が、臨床実験や論文が発表してからは、世界中のほとんどでチタン製のインプラントが使われるようになりました。

 

歴史的に見ても、インプラントシステムが確立したのは、20世紀後半であり、つい最近の出来事です。

 

1980年代では、インプラントの機能面しか意識しておらず、「噛めたらOK!」という場合が多かったのですが、1990年代になって、見た目の重要性を意識するインプラント治療に変わっていきました。

 

2000年代では、機能性と審美性の両方を重視するAllon4(オールオンフォー)というインプラントシステムも誕生しました。

 

このように、インプラント治療は、日々進化し続けています。

歯を失った方が、以前と変わらない暮らしができて、笑顔が多い人生をサポートできるように改良、実験を繰り返しているのです。

 

しかし、現在のようなインプラント治療があるのは、オッセオインテグレーションの発見であり、ブローネマルクインプラントシステムを確立した、ブローネマルク博士のおかげです。

 

インプラント治療に、チタンが欠かせないと同じくらい、インプラントの歴史には、ブローネマルク博士が、欠かせない人物なのです。

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